ずっと青くてきっとせつない










風になびく黒髪が私の心を掠めていく。
疾走する駿馬に乗った彼の瞳は、美しく澄みきっていた。


「王賁様は、私のような者といて楽しいんですか」


まっすぐすぎる質問を目の前の人にぶつけてみたところ、何を言い出すんだこいつは、とわかりやすく顔に書かれた表情でわたしを見返した。けれど名家の坊っちゃんは、すぐいつもの平静さを取り戻す。


「…なぜそんなことを聞く」
「思っちゃったからです」


また、何を言ってるんだこいつは、という顔になった。面白い。いつもすました綺麗な表情のこのひとを困らせるのは、実はこの上なく楽しいことなのだ。こんなこと言おうものなら嫌われるどころか斬り捨てられるかもしれないので、絶対言わないけれど。


「…楽しいかどうかはわからぬ」
「つまらないのに、なんで会うんですか」
「つまらないとは言っていない」


手元の茶器を落ち着きなく上げたり下げたり。こんなに動揺されるとは正直予想外だったので、わたしは密かに傷ついた。いくらなんでもそこまで困ることないだろう。仮にも、わたしたちは許嫁なのだ。生まれる前に親が決めたことでしかないけれど。でも、それがこんなに端正な顔立ちの、武力も人望も兼ね備えた青年だったことは、おそろしく幸運だと思う。もっと浅ましい、清潔感のない、太った好色男に、家柄がいいという理由だけで嫁ぐ女だっていくらでもいるのだ。


「そういうおまえはどうなのだ」
「え?」
「俺といて楽しいのか?」


鋭利な眼差しがわたしを貫いた。その漆黒の瞳に映されるだけで、私はどきりとする。聡い彼にすべてを見抜かれてるような気持ちになる。


「楽しいです、とっても」
「そうは見えないが」
「そうですか?」
「さほど口数も多くないしな」
「よく喋る子がお好きですか」
「…いや、ただ」


女はそういうものかと思っていた。


正直すぎる答えにわたしは心底可笑しくなってしまい、思わずふっと吹き出してしまった。王賁様はそれを馬鹿にされたと思ったのか、なんだ、と今度はやや不機嫌そうな声で尋ねた。それがいよいよ面白くて、わたしは声をあげて笑った。


「なにがおかしい」
「いいえ、王賁様」
「なんだ」
「わたしが喋らないのは、こうして向き合って座っているだけで十分だからです」
「…欲のないやつだ」
「いいえ、欲だらけですよ」


綺麗な眉がくっと寄せられた。ああ、困惑している。戦場ではなんの迷いもなく、その強さを誇れるこのひとが。わたしなんかの言葉のために。


「王賁様の頭の中を、わたしでいっぱいにすることばかり考えています」


それは武将の妻としてふさわしくないこと。王家の嫡男の許嫁としても。けれど王賁様は、積極的に話すらしないわたしが、なぜそんな風に考えてるのか、まったくもって理解できないみたいだった。だけど、それでよかった。理解されなくていい。そのほうが、あなたは、わたしのことを分かろうとしてくれるでしょう?


そしたら、少しは、戦い以外のことが心を占めてくれるかもしれない。




初めて会ったとき、すでに何かを覚悟したような目の彼に、息を呑んだ。そこにわたしは映っていなかった。いや、瞳はその形を捉えていたけれど、そこに彼の意志はなかった。彼の心はいつも戦場にあるみたいだった。


「王賁様」
「…なんだ」
「早く帰ってきてくださいね」


漆黒の瞳が揺れた。おかしなことだ。そのとき初めてわたしはこのひとに見られていると実感できた。生と死が隣り合わせの世界にいる彼を、繋ぎ止めることは一生できないだろう。それでも、どうか、この世界が終わるときは、わたしの心の近くへ来てほしい。ほんの少しの時間でいいから。


「…
「はい」
「出立の前に、父上に会うか」
「え?」
「おまえのことで、俺の頭をいっぱいにさせたいのだろう?」


存外簡単なことだ。


そう言って、やはり綺麗な澄んだ瞳がわたしを捉えた。茶器の水面がふるりと震えた。わたしの唇は少しだけ乾いた。






(19.05.15)  title by サンタナインの街角で

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