Shall We Dance?










親愛なるリーマスへ。真っ白な羊皮紙に最初の文字を書いたきり、続ける言葉が見つからないまま数時間がたとうとしていた。明るかった窓の外もいつのまにかどっぷり暮れている。もう夜か、と思ったとたん、正直な身体はぐうと音をたて、私に空腹を訴えた。ペンを置いて思い切りのびをする。続きは明日かなあ、なんて悠長に考えていたら、宛名の張本人がのぞきこむようにこちらを見ていて、「ぎゃあ!」と思わずあられもない声をあげた。

「ご、ごめん、驚かすつもりじゃなかったんだけど」
「や、こ、こちらこそごめん、驚くつもりじゃなかったんだけど…」

言いながらとっさに羊皮紙を隠した。リーマスは、私の不自然極まりない動きに怪訝そうな顔になったけれど、深く追及してこなかった。むしろ見られたのがリーマスでよかったかもしれない。シリウスだったら、確実に問い詰められていただろう。


もうみんな食堂に集まってるよ、と言うリーマスに、私は一瞬嬉しくなる。わざわざ呼びに来てくれたのだろうか。けれど手元にある本を見て、その考えを一蹴した。きっとこれを返却しに、ここ図書室まで来たのだ。


夕食時の図書室は私とリーマス以外、ほとんど誰もいなかった。だからこそ堂々と羊皮紙を広げていられた。こんなふうに本人と遭遇するのは迂闊だったけれど、それさえなければ、今この空間はとてもパーフェクトだ。暖かい暖炉の火が見える。私の心を穏やかにする、赤。

?」

声をかけられ、我に返った。反射的にそちらを向くと、茶色の髪と瞳が目に入った。私を落ち着かなくさせる色だ。直視できなくて下を向いた。そんな自分に悲しくなった。

だって、私は、このひとに、

は明日のダンスパーティ出るの?」

突然話題を変えられ、びっくりして顔を上げる。リーマスの表情は、暖炉の火のように穏やかだった。

「あ、う、うん…一応」
「一応?」
「あ、いや、その…ダンス、苦手だから…」

ばかばか私、ここで一発、「相手がまだいないの、リーマス。私を助けてくれない?」とかなんとか言っとけばいいものを。どっちつかずのチキンな回答に我ながらがっかりする。これだから日本人は奥手で…いや、もはや、国籍の問題でなく、私個人の性格の問題だ。

リーマスは、そうなの?とごく自然に受け流しただけだった。(ですよね!)


図書室のほんのり暗い照明に照らされているリーマスの髪は、とてもきれいだった。これ以上ないくらいの繊細な生き物の一部のようで。でもその髪からのぞく額や首筋に、ときおり、薄いひっかき傷があることが気になった。魔法でおそらく治療したのだろうけど、それでもこれだけ残る傷が、なぜこんな穏やかな彼にあるのか。けれどそれを尋ねることが、なんとなくできなかった。彼がいつか自分から言ってくれるときまで、黙っていた方がいい気がしていた。


「あ、あのね、リーマス」

ぱん、とはじける音。同時に窓の外に光が散った。また驚いて反射的にそちらを見やると、季節外れの花火が夜空に鮮やかに浮かんでいた。

「お祝いだ」

リーマスが心なしか弾んだ声でつぶやいた。そういえば、今日は前夜祭だとリリーが言っていたっけ。明日のダンスパーティ本番は、もっと盛大な花火があがるのだろうか。彼は、私と一緒に見てくれるだろうか。この馬鹿みたいに震える手を、とってくれないだろうか。何かの間違いでもいいから。

空白の羊皮紙を埋める勇気もないくせに、そんな大それたことを願う自分は心底愚かだったけれど、もはやリーマス以外でダンスパーティのことを考えられるような人はいなかった。だから、そこにすがるしかなかった。

「…ねえ
「うん?」
「その羊皮紙、何を書こうとしてくれてたの?僕に」
「!?!?」

まさかの不意打ち。

「えっ…あっ…?」
「ごめん、さっき、見えてたんだよね」

そう言ってリーマスは、さわやかに笑った。…いや、さわやかに、見えているだけかもしれない。だって今までの会話は、それを知って、あえてのものだったのだ。こ、この人は、優しいのか腹黒いのか、わからなくなってきた。

「あのさ、さっきの、ダンスパーティの話なんだけど」
「!?は、はい」
「僕もダンスは苦手なんだ」

だからサボるつもりなんだけど、も一緒にサボらない?

私の耳元で悪魔のささやきを言い放ったリーマスは、もう全然さわやかなんかじゃなかった。顔の造形はいつも通りの穏やかな彼だったけれど、そのことがかえって私の混乱を深くした。私の顔はおそらく真っ赤だったろう。そして彼は、空白の羊皮紙に書き綴られるはずだった言葉を、薄々感じ取っているだろう。

「…リーマス」
「うん?」
「私、ダンス、苦手なの」
「?うん」
「だから、明日は、がんばって踊りたい……あなたと」

手の震えはいつのまにか収まっていた。熱すぎる顔面も、夜の空気によって緩和されつつあった。私は少しずつ冷静さを取り戻し、そして、取り戻しながら、自分が見せられる最大の大胆さをもって彼に対峙していた。だって、本当は、そう書こうとしていた。あの空白の羊皮紙に。

リーマスは驚いたように目を見開き、けれどすぐ、ふっと細めて笑った。それはいつもの優しい彼だった。

「…そうだね、がんばろうか、一緒に」

でもシリウスたちからは絶対見つからないようにしよう、と微笑む表情に、私はようやく、自分の心が元の静かな場所へ戻っていくのを感じていた。








(19.01.13)

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