王様の恋1 一目ぼれと言うものを信じていなかった。 ましてや高校生の男の子になんて。 「さん、どうかしましたか?」 名前を呼ばれてはっとした。放課後の体育館、隣にいるのは指導教官の武田先生だ。明日からの教育実習にむけて、校内を案内するからと、放課後の学校を一緒にまわってくれた。そして目の前にいるのは……名前の分からない、男の子。 「あ、いえ…すみません」 理由はないけど謝った。目の前の男の子は背が高くて、髪が黒くてさらさらしている。体育館の扉をあけたらすぐ傍に彼がいた。そんな近くに人がいると思っていなかった私は、その場で固まった。 「影山、悪いな、練習中に」 「…いえ」 男の子は「誰だこいつ」という視線を私に投げて、そのまま体育館の奥へ戻っていった。カゲヤマくん、というのか。戻っていった彼を目で追うと、そのままサーブの練習を始めた。バン、という聞いたことのない音が響いて、ボールがとても軽い生き物みたいに吹っ飛んでいく。 「あいつは、今年入ったばかりなんですけど、すごくうまいんです。でも愛想がなくて」 「ああ、はあ…」 今の反応でなんとなく分かると思ったけどそうは言わなかった。それよりも感じたことのない気持ちがじんわりと広がっているのが、自分でも不気味だった。いやいやまさか、それはない。だって相手は高校生だ。しかも話を聞く限り、1年生。ってことは16歳?下手したらまだ15歳?うん、犯罪です。 どうか担当のクラスにいませんように。 ・・・ そう願っていたのに神様は聞き入れてくれなかった。私の担当は1年3組。カゲヤマくんは、なんだか賢そうだから特進クラスだろうと思ったら、普通クラスだった。バレーの能力と外見だけで、天は三物を与えなかったらしい。名前の表記が影山であることも、ついでに分かった。 「せんせーい、質問してもいいですか?」 「うん、もちろんどうぞ」 とはいえ平和なクラスで、平和な授業風景だった。武田先生がフォローしてくれたり、クラスの子たちもみんな素直で、こちらの指導力不足が露見することもなく、とてもスムーズに何もかもが進行していた。 「先生は彼氏いるんですか?」 という無邪気な質問を除けば。 「…えーと、いない、かな」 「えー!なんでですか?」 「なんでと言われても…」 生命力のあふれた女の子たちに囲まれて、好奇心に満ちた視線をむけられる。私も数年前まではそちら側にいたはずなのに、この心の動かなさはどうしたことか。期待されたところで、彼氏なし22歳大学4年生の私には応えるすべがなかった。 「そういえば、前に実習できた先生が、生徒と付き合ったことあるって聞きました!」 「ブッ」 「えーそれマジ?」 「マジだよ!相手が大学生で、生徒が高3の人だったらしいから…4歳差?アリじゃん!」 現状は6歳差なのでナシです。 「先生って女?男?」 「えーそこまで知らないけど、男じゃない?」 「あーそれならアリかも」 こちとら女なのでナシです。 私の心の声をよそに、きゃっきゃと話す女の子たちは、なんだかとても可愛くて、羨ましかった。だって彼女たちならなんの問題もなく恋愛できるし、付き合えるし、ずっと一緒にいられるのだ。誰と、とは言わないけど。 「先生は、うちのクラスの男子なら、誰が一番好みですか?」 「!?!?!?」 なんて直球なことを訊いてくれるのか。そこで「うーん影山くんかな★」とか言えるわけない。いや、逆に、言ったらいいのか。それが大人の余裕な感じか?でもチョイスがガチすぎやしないか。 「ちょ、ちょっとわからない、かな…」 つまらない回答で逃げた。 「嘘だー」 ばれた。 「じゃあ当ててみせますね。うーん、竹中くん!」 ああサッカー部のイケメンね…そうね、可愛いね。でも違うな。 「えーじゃあ、岡田くん?」 生徒会の、穏やかで優しい感じの彼ね。結婚するならああいうタイプだけど、好みではないのよね。 「えー……山口くん?」 バスケ部のね。ちょっとちゃらいけど、よく見たらキレイな顔してるもんね。…って、なんなのだこれは。答えられるわけないし、答えたところで一体だれが得をするのか?そもそも影山くん出てこないけど、彼は女子ウケ悪いんですか?? 「あーあれじゃん、影山」 出た。けど呼び捨て。 「えーないでしょ。性格悪すぎるし」 しかも却下された。そうか、性格悪いのか…。 「で、先生、誰なんですか?」 「えー、うーん、そんなこと考えたこともなかったから…(←嘘)」 「じゃあ今直感で選んでください」 「!?(なぜ!?)う、うーん…」 「やっぱ竹中くんですか?それとも岡田くん?」 「い、いや、別にどっちも…」 「えっじゃあ山口くん?」 「いや、違うけど…」 「うそ、まさか影山!?え、先生、趣味わるーい」 「あ、いや、その」 「なんでですかー?あいつ超目つき悪いし女子に冷たいし、王様キャラだし」 「(そうなんだ)お、面白いんじゃない?そういうのも…」 ってなんで私はやんわり肯定してるのか。でも全否定されている影山くんを一緒に否定するのもおかしいと思うし。そう、そうだよ、影山くんの女子ウケが悪いのがいけないんだ。そういうことにしておこう。 「あっ影山だ」 「……なんだよ」 名前を呼ばれてそっちを向いたら、当人がいた。とても不機嫌そうな顔でこちらを見ている。うん、これは、たしかにモテにくいかも。 「ねえねえ影山」 「なんだよ、うるせーな」 「あのね、先生が、影山のことタイプだって!」 「!?!?!?!?」 え、ちょっと、なに言ってるのか、ワタシニホンゴワカラナイ。 「…は?」 「よかったね、影山」 「あんた、先生のこと可愛いって言ってたもんねー」 「……」 ヤッパリニホンゴワカラナイ。 → (16.05.24) |