王様の恋4






「…そういうわけだから、私は影山くんとは…」
「……嫌です」
「もうちょっと大人になったら……え?」
「嫌です、卒業までとか、あと何年あると思ってんスか」

えーと、2年、かな?

「そんな待てるわけねーし」

忍耐力ゼロ宣言をされてしまった。


いや、今の流れ的に、ここはそういう返し期待してないよね?美しく身を引いて終わるところだったよね?
という私の心の声は全く届く気配はなく、影山くんは「不屈」という二文字でも浮かんできそうな面持ちで、仁王立ちしたまま動かなかった。彼は天から三物を与えられていない人であるということを、忘れていた。この人の頭に「空気を読む」という能力はあまり備わっていないのだ。


「…でも、私はあなたに何もしてあげられないから」
「何かしてほしいなんて思ってないっす」
「いやそうだけどそうじゃなくて…」
「嬉しいって、言ってたじゃないですか、さっき」
「……言ったけどそういう意味じゃなくて…」
「?嬉しいって言葉に2通りの意味なんてあるんスか」
「……ナイデス」

けど、その、かといってあなたと付き合うって意味ではないってことなんだけど。正直にそう伝えても、影山くんはますます「訳が分からない」という顔になるだけだった。彼にとって、「自分の好きな相手が自分を好き」ということは、イコール、付き合える、ということらしい。

「(しまった迂闊なことを…)あの、だからこれは、大人の事情っていうか」
「俺はまだ大人じゃないんで関係ありません」
「私は大人だから関係あります」
「じゃあどうしたら付き合ってくれますか?」
「……だからそれは卒業したら」
「それじゃ遅いって言ってんだろ」

苛立ちを含んだ声に、肩がびくっと震えた。影山くんも気づいたらしく、やべ、という表情になった。

「…すいません」
「…い、いえ、別に…」
「……でも俺、馬鹿なんで、分かんないっす」
「……」
「俺のこと、嫌いなんですか」
「いや、嫌いでは…」
「じゃあ好き?」
「……ま、まあ、どちらかといえば…?」
「じゃあ付き合って」
「いやだからそれは」
「なら、俺が卒業するまで、俺以外の男と付き合わないって約束してくれますか?」
「えっ」

予想外の申し出に驚いて影山くんを見た。いつも悪い目つきがさらに吊り上っている。

「俺には卒業まで待てって言うなら、そうしてください」
「…えーと」
「それができないなら俺を選べよ」

究極の二択に私の頭はゆっくり混乱していた。バレー一筋と思っていたら、案外恋愛にも粘り強いタイプだったらしい。いつだったか彼を悪く言っていた女子が「あいつ単細胞だし」と評していたのを思い出した。すこし、分かってしまった。

「ちょ、ちょっと落ち着いて。私と付き合ってもいいことなんかないよ」
「なんでですか」
「だって私あなたよりずっと年上だし」
「年齢なんて好きになれば関係ないです」
「卒業したら仕事忙しくて会えないかもしれないし」
「それはその時考えればいい」
「せ、世間の目とか、あるし…」
「俺と先生が付き合っちゃダメなんて法律あるんすか」
「……」

ど、どうしよう。全て完璧に返されて、なんて説得したらいいのか分からない。アタックを完全にブロックされた時ってこんな気持ちになるのかな。バレーボールのことはよく分からないけど。

「…と、とにかく」

私はあなたと付き合えません。

仁王立ちする影山くんの覇気に呑まれまいと、私も負けじと気を強く持って宣言した。強い視線がお互いの間を交差する。逃げちゃだめだ、怯んだらそこで試合終了だ。…って、何と闘ってるんだ私は。

「…先生は、俺の何が嫌なんすか」
「えっ」
「付き合いたくないなら、理由はなんですか」
「……それは、その…今影山くん、大事な時期だし」
「?何の」
「その、バレーとか…」
「恋愛してる場合じゃないってことですか」
「まあ、そういうこと、です」
「なら、」


春高で、俺たちが優勝したら付き合ってください。


スポコン漫画のようなことを言われて、私は固まった。いやいや、それ私関係ないし…と思うけど、それじゃダメと即却下する理由もなかった。まあ、いいか。ちょっとした時間稼ぎと言うか、冷却期間と言うか。インハイがいつまであるのか、明確には分からないけど、その頃には私のことなんて忘れてるかもしれないし、そもそも優勝とか簡単にできるとは思えないし。

でも負けちゃったら、それで終わりだ。そう思うと胸がチリっと痛んだ。

「…いいよ、そうしよう」

観念して答えると、引き結んでいた影山くんの口元が、ふっと緩んだ。


あ、と思った。
彼の笑った顔を見たのは、それが初めてだったから。


心臓が音をたてて縮んだ気がした。







(16.06.25)
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